休職
2025年10月第4週から会社を休職している。
不眠の症状とうつ状態がひどくなり、通院している心療内科のドクターから休職の診断書が出たからである。
これらの症状に至った理由は、建前上は、自身のスキル不足と会社が求める能力とのミスマッチで自分で自分を追い込んでしまったことと、上司には報告した。
しかし、真の理由は、上司に対する憎しみ、この1点に尽きる。
裏表の激しい性格、感情の起伏が激しい、目上の人と自分に甘く部下には厳しい…など嫌いな点が挙げればきりがない。
私が一番嫌いなのは、マイナス的な独り言を常につぶやきながら私の隣の机にいることだ。本当に気持ち悪いし、いつそのマイナス的な独り言が自分に向けられるのではないかということをびくびくしながら働いている。
客観的な視点からすると、パワーハラスメントにあたる行為は上司には見当たらないが、私には耐えられなかったのだ。
現在、休職して2か月弱であるが、ストレス源である上司から離れたから、不眠以外の症状は回復傾向にある。
症状自体は収まったことから、主治医からは復職可能の診断書が出た。
ただし、今回の症状に至った原因が上司に問題があるから、「職場環境を配慮することを条件として」という条件が診断書の記載に加えられた。
この診断書を会社に提出して、会社の産業医面談があった。
産業医面談の結果を先取りして述べると、「現時点では復職は不可で、療養延長と判断する」であった
私は、今回の産業医面談で、復職可能となり、復職判定会議を経て年内には復職というシナリオを描いていたので、率直に言ってこの結果には面食らったのと同時に強いショックを受けた。
私は、産業医に今回の症状に至った経緯を説明して、主治医から復職可能との診断書も出ていることから、復職したい旨を伝えた。
しかし、産業医は、今回の原因である「上司との人間関係」について、その場では残酷であると感じたが、今この文書をタイピングしている段階では至極客観的な意見と掘り下げを行った。
産業医は、復職とは、元の職場に戻ることであり、職場は変わらない、あなたが変わらないといけない、今回のストレス源である上司との人間関係についてどのような再発防止策を考えているのか?という質問を投げかけた。
それに対して、私は明確な回答をすることができなかった。
その後産業医は、私の考え方が未熟であると述べた。
振り返って考えてみると、自分を改善させることから目を伏せていた自分に気づいた。同時に、復職したいのは、本当に会社のために仕事をしたいという思いではなく、時間を持て余す休職中の生活に耐えられず、取り敢えず仕事をして時間をつぶしたいという思いが自分の中にあることを認識せざるを得なかった。
産業医面談は、年明けに再度実施されることになり、年内復帰は不可能となった。
産業医からは、出身地や普段相談できる友達や知り合いがいるのかなど、私について掘り下げた質問がなされた。
この質問に答えることで、40歳になっても普段相談できる友達や知り合いがほとんどいないという自分について、相当問題があると気づかされた。
このような問題を抱えた自分の致命的な欠点については薄々気づいていたが、改善する方法も見つからないし、忙しく仕事があることを言い訳にしてこの問題から目をそらしていたし、なかったことにしていた自分に直面せざるを得なかった。
復職という以前に、この問題について真剣に取り組むべきではないのか?という思いが自分の身体中をかけ廻った。
産業医面談後、精神的なショックで自宅にそのまま帰れず、逃げ込むように喫茶店に入り座り込んだ。
その際頭の中に浮かんだのは、1社目、2社目を何故辞めることになったのかという点である。
1社目、2社目も端的に言うと上司との人間関係が原因で会社を辞めている。
何故、上司との人間関係が悪化したのか?
これを深く考えてみると、上司から怒られることを極端に嫌がる自分がいて、怒る上司に憎しみを持っていた。他の人には怒らないのになぜ自分だけ怒るのか?という感情に常に支配されていた。いつも会社を辞めたいと思っていた。
何故、私は上司から怒られることを極端に恐れるのか?上司から怒られてもたいていの人は嫌がるが折り合いをつけながらも仕事を続けているのに、自分はなぜ仕事を辞めるほどショックを受けるのか?
これは社会人になった2013年から今までずっと考えてきた自身の課題であった。
この課題を解決すべく、コミュニケーション塾、自己啓発系の各種セミナー、カウンセラー巡りを繰り返してきた。しかし、これに関する答えが見つからないままだった。
この課題解決に有力な示唆を与えてくれたのは、2024年から1年間受講した内山和久氏の大器晩成サロンであった。
同サロンは、人間関係が適切に築くことができない、やりたいことが分からない、常に不安感があるなどの人格的な障害抱えた人を改善するためのものだ。
私に当てはまるものであったので、かなり高額であったがサロンに申し込んで1年間コーチングを受けた。
コーチングでは親子関係を深く掘り下げをされた。
内山氏いわく、母親に問題があるのではないかということであったが、私にはどうしても腑に落ちなかった。
母親とは良好な関係性にあったからである。
結局腑に落ちない状態は改善せず、1年間のコーチングは終了した。
コーチング終了以降、親子関係とは何か、あるべき父親像及び母親像とは何か、自分の父親と母親はこれらのあるべき像とどのくらい乖離しているのかを、インターネット上の情報を貪るように検索した。
この検索を通じて「アダルトチルドレン」という概念に行き着いた。アダルトチルドレンとは、私の理解でいうと、両親がアルコール依存症など機能不全家族で生まれ育ち大人になって様々な問題を引き起こす人間のことを指すといわれている。最近では機能不全家族の定義は、子供に虐待をした両親や、無関心な育児ネグレクトをした両親まで広げられているようである。
私の両親に当てはめて考えてみると、無関心な育児ネグレクトに当たるのではないかと考えた。特に、父親との関係性が薄く、父親と会話をした量自体が少なかったし、父親と腹を割って話したことがなかった。
これが原因ではないかと考え、父親専門のアダルトチルドレンカウンセラーのカウンセリングを受講した。
受講して、やはり自分の問題は、父親と関係性が薄く規律を叩き込まれた経験がなく、母親ばかりとコミュニケーションを取っていたため、父性が育っていないことが原因であった。父親と話しをするのが苦手だから、上司とも話をするのが苦手なのだ。
1社目、2社目でも、自分から心を開いて上司と話しをすることがなかった。そうすると、自分が何を考えているのかわからず、上司からしてみれば、私が上司を嫌いだと思っているのではないかと思うようになり、結果として、上司の私への態度が威圧的になっていったのである。
アダルトチルドレンのカウンセリングを受けただけでは劇的に父性が自分に身につき、社交性が身につくものでない。父性を身に着けるためのエクササイズに継続的に取り組む必要があるし、今でも取り組んでいる。
話を元に戻すと、復職をするか、退職をして自分に合った職に就くか、これに対しての決断は現時点では出ていない。
復職をするのであれば、父性を身に着けるエクササイズを継続しながら仕事をするのであるが、変わらなければまたストレス源により症状が再発するリスクがある。
退職して自分に合った職に就くまでの覚悟はまだできていない。まがりなりにも、今までの職種で積み上げてきた知識経験を捨てる結果になるものであり、そこまでの覚悟はできていない。人とコミュニケーションを取る仕事ではなく、工場勤務など人とコミュニケーションを取る仕事に就くことは、給与は下がるし、世間一般的には蔑視されがちな職業であることが多いので、世間の目も気になる。
自分の心に向き合って、復職すべきか、退職すべきかを慎重に検討したい。